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泡沫の虹

壊 【2】

 ←壊 【1】 →風花
「一緒にいたのは、若い男の人でした。顔はよく見えませんでしたが、すらりとした姿のいい人で、その人と一緒にあちらの方に向かっていました」


そう言いながら婢が指し示す方向。そこにあるのが何か思い当った嘉兵衛の顔は、ようやく安堵の色が浮かびあがっていた。そんな彼に、胡蝶はしなだれるようにもたれかかる。


「旦那さま、少しはお役に立ちましたかしら」


嘉兵衛の表情を見ていると、それは間違いない。それでも、胡蝶は彼の口からそれを聞きたいのだろう。確かめるように言葉を紡ぐ。

その彼女の顎をグッと持ち上げた嘉兵衛は、そのまま胡蝶の口を吸っている。それが、今の胡蝶の言葉に満足した嘉兵衛からの褒美だとわかっている彼女は彼の首に腕を回すと艶めかしくそれに応える。


「旦那さま、あちきのような女でも、お役に立つことがありますでしょう?」


口を吸われることで感じる甘い刺激の中で、胡蝶はそう囁いている。その彼女の体をしっかりと抱きしめた嘉兵衛は、満足したような声を出していた。


「ああ、お前には本当に感謝しているよ。さ、今夜はもう帰るが、構わないだろう。あたしはちょいと用事ができたからね」


その声に胡蝶は名残惜しげな色を見せるが、引きとめようとはしない。そのようなことをして、彼に鬱陶しい女、と思われることの方が彼女には辛抱できないのだ。

胡蝶からの話で、糸の逃げた先がわかった嘉兵衛は、そそくさと店に戻ることを決めている。ぐずぐずしていると、糸を失ってしまうと思っているかのように、その行動は素早く、残した胡蝶のことを気遣う余裕など、今の嘉兵衛にはないようだった。



◇◆◇◆◇



「旦那さま、お嬢さんの居場所がわかりました」


いつもであれば、固く閉じられているはずの井筒屋の扉。それがまだ開かれたままであり、蝋燭の明かりがちらちらと揺れている。

若い手代が何人も、店の中と外を出入りする。その表情は一様に硬く、何事かが起こったというのは簡単にわかるだろう。

そんな中、慌てた様子で店の中に飛び込んできた嘉兵衛の姿に、清兵衛は鋭い視線を向けていた。しかし、嘉兵衛が口にした言葉が一気に清兵衛の表情を変える。清兵衛は嘉兵衛の胸倉を掴むようにして、その言葉を確かめていた。


「本当か。本当に、糸の居場所がわかったのか」


どこか震えるような声に、清兵衛が娘のことを心配しているのが手に取るようにわかる。そして、その彼に嘉兵衛は胡蝶からきいた事実を告げていた。


「知り合いの娘が明け方、お嬢さんが男と歩いているのを見たと。そして、その向かった先がお店の寮のある方向でした。これだけ探しても見つからないのです。おそらくはそこかと」

「しかし、嘉兵衛。寮には留守番の者がおる。糸が行っているならば、必ず報告があるはずだ」


その声に、嘉兵衛も頷いている。だが、どういうわけか彼は糸が間違いなく井筒屋の寮に隠れている、という確信じみた思いを抱いていた。その時、一人の手代が彼の元に近寄ってくる。


「どうしたんだい」


何か言いたげな手代の様子に、苛ついたような調子で嘉兵衛は声をかける。その彼に、手代はおどおどした様子で、ある物をさしだしながら応えていた。


「いえ……今、こんなことを言うのは筋違いだと思うんですが……」

「だったら、黙っていなさい。今はお店の大事だというのが分からないのかい。たしかに、弥平次も姿を消しちゃいるが、今はお嬢さんの行方の方が大事なんだから」

「そうなんですが……」


その手代の手に光るものに、嘉兵衛はふと目をやっている。そして、それが何か分かった時、彼は顔面を蒼白にしながら叫んでいた。


「それは、どうした。どこにあった」


その嘉兵衛の迫力に、手代は思わずたじたじになっている。いつもの穏やかな彼からは、考えもつかない勢い。それでも、これのことを言いたかった彼は、なんとかして口を開いている。


「実は……これが弥平次の部屋に落ちておりまして。たしか、これと同じような物をお嬢様が挿していらしたんではないか、と思いまして……」


その言葉に、嘉兵衛は差し出された簪をひったくるようにすると、ギュッとそれを握りしめている。糸と弥平次の関係が男と女の物になっているのは間違いないと彼は思っている。

その証拠に、彼の部屋には糸が夕べ挿していた簪があり、二人の姿が同時に消えている。彼の頭の中では、弥平次が糸を組み敷き、二人が絡み合っている姿しか浮かんでこない。

このままでは、間違いなく糸を彼に盗られる。そうなる前に取り返さなければいけない。そう思った嘉兵衛は簪を握りしめたまま、店の外に飛び出そうとしていた。


「嘉兵衛、どうしたのだ」


そんな彼の様子をおかしいと思った清兵衛が、思わず声をかける。それに対して振り返りもせず、嘉兵衛はこたえていた。


「今から寮に行って参ります。間違いなく、お嬢さんはそこにおります。そして、姿のみえない弥平次も間違いなくそこにいるはず」


嘉兵衛のその言葉に、今度は清兵衛の方が驚いていた。彼は糸が消えたのは、誰かにかどわかされたのだとばかり思っていたのだ。それなのに、嘉兵衛は弥平次が絡んでいると告げる。

そして、そう叫ぶ嘉兵衛の言葉から感じられるのは、二人が道行をしたということ。このことは、清兵衛の気持ちを激しく萎えさせるものに違いなかった。


「嘉兵衛。それでは、糸は弥平次との道行に走ったというのか」


よもやという思いが清兵衛のうちにはある。だからこそ、彼はそう叫ぶことしかできない。そんな清兵衛に嘉兵衛はハッキリした声でこたえていた。


「旦那さま、これが道行のはずがありません。お嬢さんは弥平次に唆されただけにきまっております。ですから、あたしがお嬢さんを迎えに参ります。旦那さまは、このことがこれ以上、大事になることがないようにお気をつけください」


その言葉に清兵衛は大きく頷いている。彼にしても娘が手代との道行に走ったなどとは考えたくもない。ましてや、このようなことがお上に知れたら間違いなく厳しい罰を受ける。


「嘉兵衛、お前に任せた。糸は何があっても連れ戻せ。そして、お前たちも何があってもこのことは口にするな」


清兵衛のその声に嘉兵衛も手代たちも大きく頷く。そして、その足で嘉兵衛は夜の闇の中、井筒屋の寮へ向かう道をひた走りに走っていた。



◇◆◇◆◇



井筒屋が上を下への騒ぎになっている。そのことは外部の者が知る由もないこと。そして、それはここ井筒屋の所有する寮にもいえることだった。

その寮の一角。誰にも気づかれないように忍び込んだ糸と弥平次は、そこで互いの思いを確かめあうように熱い時を過ごしていた。


「弥平次、慕うております……初めて会ったときから、ずっとあなたのことを想っておりました……」


糸の声が熱を帯び、艶っぽい響きをたたえている。その声に、弥平次は彼女の体をしっかりと抱きしめるだけ。

暗い部屋の中で、糸の着ている襦袢が艶めかしく浮き上がる。ゆっていた桃割れが崩れ、鹿の子がほどけているのも気にせずに、糸は弥平次の胸に体を預けていた。


「弥平次、あなたとこうなれて、わたしは本当に嬉しい。こんなに嬉しいことがあるなんて、思ってもいなかった」


頬をうっすらと染めながら、糸は甘い言葉を口にする。その彼女を抱きしめたままの弥平次も、それに応えるような甘い響きの声で囁きかけていた。


「わたしもです。お嬢さんとこうなれたことがどれほど嬉しいか。でも、わたしは……」


そう言いかける弥平次の口を糸の手が塞ぐ。その彼女の目はいつになく真剣で凄味を感じさせるもの。そんな糸の視線に、弥平次は縫いとられたかのように動くことができなくなっていた。

そして、そんな弥平次を見つめながら、糸はゆっくりと口を開く。


「弥平次、今のままだと、わたしたちは絶対に一緒になれない」

「お嬢さん……」


驚いたような弥平次の声に、糸は引きつった顔で言葉を続ける。


「だから……今は無理でも、次の世では一緒になれるようにして」


思い詰めたような糸の顔がそこにはある。それを見た弥平次も同じ思いがあったのだろう。大きく頷きながら持っていた紐で、彼女の手首と自分のそれをしっかりと結ぶ。そして、部屋にあった剃刀を持ち出すと糸の目をしっかりとみつめていた。


「次の世では必ず、比翼の鳥とも連理の枝ともなって、あなたと共に過ごしたい。この望み、叶えていただけますか」

「当り前だわ。わたしは弥平次じゃないと嫌なの。それ以外の人とは考えたくない。だから、早く。ひと思いにやってちょうだい」


その時、外から糸の名を叫ぶ声と、慌ただしい足音が聞こえてくる。それの意味するものが何なのか、二人にはよく分かっている。

このままでは、間違いなく引き離され、道行と心中を図ったとして罰を受けるのは間違いない。糸と弥平次はもう一度しっかりと抱きあうと、互いの手首を一気に切り裂いていた。

赤い水があたりを一気に染め上げる。そのまま、その水溜りの中に、二人は微笑みを浮かべながら、力なく倒れていた。


〔了〕




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