「AFFAIR」
たとえ、これが恋だとしても・第Ⅰ部
出会いは波乱とともに 【6】
「そこらへんに置いとけ。で、今から親父に合うのか?」
「はい。あまり気は進みませんが、旦那様からのお呼び出しですので」
淡々とした調子で相手は問いかけに応えている。それに対して、「ふーん」という鼻を鳴らすような声。それを耳にした相手は先ほどまでとは違う冷ややかな調子で言葉を返していた。
「何かおっしゃりたいのですか?」
もっとも、それを気にする様子もない部屋の主も相当のものだろう。運ばれてきたコーヒーのカップを手に取り、その香りを楽しむようにしながらポツリと呟かれる言葉。
「そうだ、木崎。親父に気持ち良く会えるようにしてやろうか?」
「どういうことでしょうか?」
突然の言葉に、声をかけられた相手――木崎陽一(キザキヨウイチ)――は驚いた表情を浮かべることしかできない。滅多なことで彼にそんな表情をさせられないことを知っているのだろう。相手はクスリと笑うと言葉を続けていた。
「簡単。親父にこれだけ伝えといて。気が変わったから、話を進めてくれて問題ないって。これで親父の機嫌もよくなるだろう」
その声に信じられないというような表情を陽一は浮かべている。それでも返事をしなければいけないということは分かっているのか。ゆっくりと言葉が紡がれていく。
「そういうものでしょうか? 確かに、旦那様はこの件を一番気にしてはおられましたが」
「そうだろう? だったら、さっさと親父にこのことを報告しに行け。わざわざ入学式の日にお前を呼んでいるんだ。話の内容なんて分かりきったことだろうが」
「おそらく、そうだと思います。しかし、浩二様はこのお話は何があっても進めるなとおっしゃっておられたのではありませんか?」
陽一の言葉に浩二は顔をしかめるとコーヒーを近くにあったテーブルに置いている。そう、彼は亜紀のクラスメイトとなった緒方浩二。その彼はどこか見下した視線を陽一に向けている。
「木崎、お前がそんなことを言える立場だと思っているわけ? ともかく、お前は親父にさっきの俺の言葉を伝えればいいんだ。そのことも分からない?」
「お言葉は分からないでもありません。しかし、ずい分と唐突にご意見が変わられたと思いまして」
陽一の声にどこか嫌味が含まれていると感じたのだろう。浩二の顔色が悪くなっていく。そのまま、彼は不機嫌さを隠すことなく、年上とみられる陽一を怒鳴りつけていた。
「お前には関係ない! とにかく、親父に報告だけしておけ。それだけ。それから、しばらく部屋に来るな。わかったな」
「かしこまりました。それでは、旦那様にはそのようにお伝えさせていただきます」
そう告げると陽一は腰を折り、部屋を後にしている。その姿を見送った浩二はまたベッドにゴロリと転がっている。そんな彼の表情に先ほどまでの苛立ちとは違う別の色が浮かんでいた。
「うん。お前は俺のだから。他のヤツにちょっかいなんてかけさせない。そのこと、ちゃんと理解しておいてもらわないとな」
誰に向かって囁かれているのか分からない言葉。どこか物騒ともいえる響きだが、それを気にする者が部屋の中にいるはずもない。ただ言葉の余韻だけがいつまでも漂っているようだった……
◇◆◇◆◇
「本当に信じられない! どうして、あんなに目立つこと、してくれるのよ! 竹原さんもそう思うでしょう?」
入学式が無事に終わり、一條家の邸へと戻ってきた亜紀の叫び声が響く。今の彼女は半ばヒステリーの発作を起こしたようになっている。
こんな時の相手に下手に逆らうのは得策ではない。そう感じている雅弥は頷きながら紅茶の用意をしているだけ。そして、その間にも亜紀の癇癪はおさまるところを知らないようだった。
「ねえ、本当にあれで理事長なの? 仕事があるはずなのに、他の人に任せた、なんて軽い調子で。おまけに、教室にまで勝手に入ってくるのよ。あんな非常識なことを平気でする人がお兄ちゃんだなんて、恥ずかしくて誰にも言えないじゃない!」
「お嬢様、落ち着いてください。今のお姿は少々、お行儀が悪いですよ」
雅也の言葉に亜紀は思いっきり頬を膨らませている。その顔には、今の状況で落ち着けるはずなどないではないかと言いたげな色。そして、その思いを彼女は盛大にぶちまけている。
「竹原さんはそう言うけど、これで落ち着いていられる人の顔が見たいわ! 私、竹原さんが来るのは辛抱するって言ったわ。それなのによ。HRが終わってすぐにお兄ちゃんが来るのよ。そんなの、話が違うじゃない。そうじゃないの?」
雅也にならば遠慮なく不満をぶつけられる。そう信じている亜紀の口調はだんだんとエスカレートしていくだけ。このままでは亜紀の怒りがいつまでたっても納まらない。そう感じた雅弥が穏やかな調子で口を挟む。
「お嬢様がお怒りになられるのはよく分かります。拓実様の言動で多大なる迷惑を被られたのは、他ならぬお嬢様なのですから」
雅也の言葉に、ようやく自分の思いが分かってくれたのだというように亜紀がホッとしたような表情を浮かべている。それを目にした雅弥は、ここぞとばかりにもう一押しすることに決めたようだった。
「ですので、拓実様にはきちんとお話をさせていただきました。無事に相互理解もかないましたので、これからはこのようなことは起こらないと思いますよ」
「そう? それならいいんだけど。あ、それより、そのお兄ちゃんは? 一緒に帰ってきたんだし、いつもならここにいるのにね」
雅也の言葉にようやく怒りのボルテージが下がった亜紀がそう訊ねている。たしか、一緒に玄関をくぐったはず。もっとも、その直後、雅也に首根っこを押さえられて、どこかへ連れて行かれたのは視界の端に収めている。
とはいえ、こうやってお茶を飲もうとしているときに拓実がやってこないはずがない。そのことを知っているからこそ、拓実がいないことに首を傾げるのだ。そんな彼女に雅也はクスリと笑うと紅茶を差し出していた。
「拓実様でしたら、今頃は海のように深―く反省しておられるでしょう」
「どういうこと?」
雅也の言葉の意味が今一つ理解できない亜紀が無邪気にそう訊ねる。それに対して、雅也はどこか楽しんでいるような表情で応えていた。
「はい。あまり気は進みませんが、旦那様からのお呼び出しですので」
淡々とした調子で相手は問いかけに応えている。それに対して、「ふーん」という鼻を鳴らすような声。それを耳にした相手は先ほどまでとは違う冷ややかな調子で言葉を返していた。
「何かおっしゃりたいのですか?」
もっとも、それを気にする様子もない部屋の主も相当のものだろう。運ばれてきたコーヒーのカップを手に取り、その香りを楽しむようにしながらポツリと呟かれる言葉。
「そうだ、木崎。親父に気持ち良く会えるようにしてやろうか?」
「どういうことでしょうか?」
突然の言葉に、声をかけられた相手――木崎陽一(キザキヨウイチ)――は驚いた表情を浮かべることしかできない。滅多なことで彼にそんな表情をさせられないことを知っているのだろう。相手はクスリと笑うと言葉を続けていた。
「簡単。親父にこれだけ伝えといて。気が変わったから、話を進めてくれて問題ないって。これで親父の機嫌もよくなるだろう」
その声に信じられないというような表情を陽一は浮かべている。それでも返事をしなければいけないということは分かっているのか。ゆっくりと言葉が紡がれていく。
「そういうものでしょうか? 確かに、旦那様はこの件を一番気にしてはおられましたが」
「そうだろう? だったら、さっさと親父にこのことを報告しに行け。わざわざ入学式の日にお前を呼んでいるんだ。話の内容なんて分かりきったことだろうが」
「おそらく、そうだと思います。しかし、浩二様はこのお話は何があっても進めるなとおっしゃっておられたのではありませんか?」
陽一の言葉に浩二は顔をしかめるとコーヒーを近くにあったテーブルに置いている。そう、彼は亜紀のクラスメイトとなった緒方浩二。その彼はどこか見下した視線を陽一に向けている。
「木崎、お前がそんなことを言える立場だと思っているわけ? ともかく、お前は親父にさっきの俺の言葉を伝えればいいんだ。そのことも分からない?」
「お言葉は分からないでもありません。しかし、ずい分と唐突にご意見が変わられたと思いまして」
陽一の声にどこか嫌味が含まれていると感じたのだろう。浩二の顔色が悪くなっていく。そのまま、彼は不機嫌さを隠すことなく、年上とみられる陽一を怒鳴りつけていた。
「お前には関係ない! とにかく、親父に報告だけしておけ。それだけ。それから、しばらく部屋に来るな。わかったな」
「かしこまりました。それでは、旦那様にはそのようにお伝えさせていただきます」
そう告げると陽一は腰を折り、部屋を後にしている。その姿を見送った浩二はまたベッドにゴロリと転がっている。そんな彼の表情に先ほどまでの苛立ちとは違う別の色が浮かんでいた。
「うん。お前は俺のだから。他のヤツにちょっかいなんてかけさせない。そのこと、ちゃんと理解しておいてもらわないとな」
誰に向かって囁かれているのか分からない言葉。どこか物騒ともいえる響きだが、それを気にする者が部屋の中にいるはずもない。ただ言葉の余韻だけがいつまでも漂っているようだった……
◇◆◇◆◇
「本当に信じられない! どうして、あんなに目立つこと、してくれるのよ! 竹原さんもそう思うでしょう?」
入学式が無事に終わり、一條家の邸へと戻ってきた亜紀の叫び声が響く。今の彼女は半ばヒステリーの発作を起こしたようになっている。
こんな時の相手に下手に逆らうのは得策ではない。そう感じている雅弥は頷きながら紅茶の用意をしているだけ。そして、その間にも亜紀の癇癪はおさまるところを知らないようだった。
「ねえ、本当にあれで理事長なの? 仕事があるはずなのに、他の人に任せた、なんて軽い調子で。おまけに、教室にまで勝手に入ってくるのよ。あんな非常識なことを平気でする人がお兄ちゃんだなんて、恥ずかしくて誰にも言えないじゃない!」
「お嬢様、落ち着いてください。今のお姿は少々、お行儀が悪いですよ」
雅也の言葉に亜紀は思いっきり頬を膨らませている。その顔には、今の状況で落ち着けるはずなどないではないかと言いたげな色。そして、その思いを彼女は盛大にぶちまけている。
「竹原さんはそう言うけど、これで落ち着いていられる人の顔が見たいわ! 私、竹原さんが来るのは辛抱するって言ったわ。それなのによ。HRが終わってすぐにお兄ちゃんが来るのよ。そんなの、話が違うじゃない。そうじゃないの?」
雅也にならば遠慮なく不満をぶつけられる。そう信じている亜紀の口調はだんだんとエスカレートしていくだけ。このままでは亜紀の怒りがいつまでたっても納まらない。そう感じた雅弥が穏やかな調子で口を挟む。
「お嬢様がお怒りになられるのはよく分かります。拓実様の言動で多大なる迷惑を被られたのは、他ならぬお嬢様なのですから」
雅也の言葉に、ようやく自分の思いが分かってくれたのだというように亜紀がホッとしたような表情を浮かべている。それを目にした雅弥は、ここぞとばかりにもう一押しすることに決めたようだった。
「ですので、拓実様にはきちんとお話をさせていただきました。無事に相互理解もかないましたので、これからはこのようなことは起こらないと思いますよ」
「そう? それならいいんだけど。あ、それより、そのお兄ちゃんは? 一緒に帰ってきたんだし、いつもならここにいるのにね」
雅也の言葉にようやく怒りのボルテージが下がった亜紀がそう訊ねている。たしか、一緒に玄関をくぐったはず。もっとも、その直後、雅也に首根っこを押さえられて、どこかへ連れて行かれたのは視界の端に収めている。
とはいえ、こうやってお茶を飲もうとしているときに拓実がやってこないはずがない。そのことを知っているからこそ、拓実がいないことに首を傾げるのだ。そんな彼女に雅也はクスリと笑うと紅茶を差し出していた。
「拓実様でしたら、今頃は海のように深―く反省しておられるでしょう」
「どういうこと?」
雅也の言葉の意味が今一つ理解できない亜紀が無邪気にそう訊ねる。それに対して、雅也はどこか楽しんでいるような表情で応えていた。
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