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泡沫の虹

涙 【2】

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そう言うと、清兵衛は嘉兵衛の返事を待たずに、そのまま奥へと姿を消す。その彼の姿を見送った嘉兵衛の顔には、それまでの遠慮をしたものとは違う、満足しきった笑みが浮かんでいた。


「やっと、旦那さまもその気になられたか。本当に時間がかかった。だが、これで大手をふってお嬢さんを抱けるというものだ」


誰にも聞こえないように、こっそりと呟かれる言葉。そこからは、彼の欲望が如実に感じられる。今の彼は、夜に待っている楽しみで頬が緩むのを抑えることができなくなっていた。



◇◆◇◆◇



父親である清兵衛と嘉兵衛の間で交わされた話のことなど、糸が知るはずもない。彼女はそろそろ床につこうと、部屋の行燈(あんどん)の明かりと落とそうとしていた。

その明りが、彼女が吹き消す前にフッと消える。

どうして、そんなことになったのかと首を傾げる糸。その彼女を、背後から抱きしめてくる腕があった。


「誰なの?」


急に明かりが消えたことで、目はまだ暗闇に慣れていない。そして、相手の顔を確かめたくとも、背後から抱きしめてくる腕の力は強く、糸の力では振りほどけない。

それでも、なんとか自由になろうともがく彼女だが、首筋に感じた荒い息に、背筋がゾクリとなっていた。


「誰なの? 放して!」


彼女のそんな声に、相手の腕が緩む気配もない。それどころか、身八つ口から彼女の中に相手の手が入ってくる。


「嫌! やめて!」


相手が誰か分からないことに、糸は恐怖しか覚えない。そして、その手が彼女の着物の中に入ってきたことで、その思いはますます強くなる。

なんとかこの手から逃れたい。そう思った糸は必死になって暴れまわる。その彼女の耳元に囁きかける声があった。


「そんなに暴れなくてもいいではありませんか。あたしは、お嬢さんのことを前から好いていたんですよ」


その声はよもやと思う相手。そのため、糸は言葉を失っている。


「お嬢さん、あたしがこんなことをするなんて、思ってもいなかったんですか?」


囁きかける声の相手が、番頭の嘉兵衛だと気がついた糸は、茫然としたようになっている。その彼女の体をますます強く抱きしめた嘉兵衛は、彼女の首筋に唇を這わせる。


「そうやって、大人しくしていればいいんですよ。悪いようにはしないんですから」


そう言うなり、嘉兵衛は糸の首筋をきつく吸い上げる。そこは、一気に赤い花を咲かせ、糸は頭の芯に何か甘い疼きを感じている。


「いや……放して!」


この疼きに飲み込まれてしまいたくない。そう思った糸は、先ほどよりも激しく暴れ始める。

なんとかして、嘉兵衛の腕から逃れたい、という思いで糸は必死に身をよじる。その時、彼が「う……」と呻いたかと思うと、彼女を抱きしめる腕が緩んでいた。

その隙を逃したくない糸は、彼の腕からすり抜けるように抜け出す。そのまま、部屋の壁を背にするようにした彼女は、肩で息をしながら自分を抱きしめていた相手の姿をじっと見つめていた。

それまで、穏やかな番頭だとしか思っていなかった嘉兵衛が、男だということを思い知らされたのだろう。彼女の顔は蒼白になり、体も小刻みに震えている。

しかし、当の嘉兵衛はどういうわけか、うずくまったまま動こうとはしない。どうしたのだろうかと思った糸は、そろそろと嘉兵衛の側に近寄っていた。

その糸の腕をがっちりと握った嘉兵衛が、彼女を抱きしめている。そのまま、乱暴に彼女の唇を奪った彼は、どこか凄味を感じさせる視線を糸に向けていた。


「まったく、お嬢さんだと思って油断していましたよ。あやうく、使い物にならなくされてしまうところでしたよ。そんなことになったら、お嬢さんだって困るんじゃないんですか?」


嘉兵衛の言葉の意味が、糸にはまるでわからない。それでも、嫌な予感しか浮かばないのかなんとかして逃れようと身をよじる。

しかし、今度こそ糸を逃がすまいと思っている嘉兵衛の腕の力は緩む気配がない。息もできないくらいにきつく抱きしめられていることに、糸は小さな悲鳴を上げることしかできなかった。



◇◆◇◆◇



「どうしよう……旦那様に叱られてしまう……」


糸が嘉兵衛に抱きすくめられ、なんとかして逃げようともがいているのと同じ時。下女たちの部屋ではそんな困ったような声が響いていた。


「どうしたのよ。何か、困ったことでもあったの?」

「うん……今夜は、あたしが戸締りの当番だったの。それなのに、ついうとうとしちゃって……」


その声に、声をかけた下女仲間は呆れたような顔をしている。たしかに、彼女がうとうとしているのを目にしていたのは間違いない。しかし、店の戸締りというなによりも大事な仕事を忘れているとは思ってもいなかったのだ。

毎日の仕事の多さに、うとうととしてしまうのは仕方がないことかもしれない。そして、今にも泣き出しそうな顔をしている朋輩を見ると、慰める言葉しか彼女の口からは出てこない。


「泣いてる時間はないわよ。遅くなったけれども、戸締りの確認をしてこなくちゃ。わたしも一緒に行ってあげる。だから、そんなに泣くんじゃないの」


手燭(てしょく)に手早く明かりをつけた下女の一人は、そう言うと相手を促す。それに頷いた彼女は、鼻をぐすぐすと鳴らしながら、戸締りの確認を始めていた。


「おかしなところはなかったわね」

「うん。一緒に回ってくれてありがとう」


店の戸締りは無事に終わることができた。特におかしなこともなく、時間が少しばかり遅かったというだけ。戸締りを見て回った二人はそう思いながら、自分たちの部屋へと戻ろうとしている。

その時、一人が不思議そうな表情を浮かべていた。


「どうかしたの?」


相手の異変に気がついたもう一人が首を傾げる。それに対して、問いかけられた方も小首を傾げながらこたえていた。


「ねえ、あっちの方から変な音がしない?」


そう言いながら、手燭の向けられる先にあるのは、糸の部屋。戸締りが遅くなったせいで、彼女の身に何かがあったのではないか。そう思った二人は、慌ててそちらへと駆けていく。

そして、糸の部屋に近づくにつれ、おかしな気配はますます強くなる。ひょっとして押し込みでも入ったのか。そんな恐怖が体を支配するが、糸の無事を確かめなければならない。そう思った二人は、震えながらも声をかけていた。


「お嬢さま、何かありましたか?」


その声に、何かが舌打ちをしたような音が響くと襖が開き、誰かが逃げ去っていく。上手く、顔を隠しているため、彼女たちにはそれが誰かわからない。その相手を追いかけようとした時、糸の声が彼女たちの耳に届いていた。


「誰かいるの? ちょっと入ってきて」


その声が、どこか震えているように思える。そう感じた二人は、お互いに顔を見合わせるとおずおずと糸の部屋に入っていた。そこは、まるで嵐にでもあったように物が散乱し、糸も青ざめた顔で震えている。そのことに、二人はすっかり肝を潰していた。


「お嬢さま、どうしたのですか?」


下女のその声に、糸は返事をすることなく、行燈に火をいれるようにと告げている。その様子をいぶかしく思っても、糸の言葉に従うしかない。やがて、行燈の灯が部屋を照らすと、糸はようやく安心したような表情を顔に浮かべる。


「お嬢さま、先ほどの相手は誰だったのですか?」


その声に、糸の体がビクンと跳ね上がる。彼女にすれば、先ほどのことは忘れたいこと。そのことに触れられたため、糸はきっと下女を睨むと、キツイ口調で言葉を投げつけていた。


「お前たちには関係ないわ。もう、休むからお下がり」


その口調はいつもの彼女とはまるで違う。そのことに下女たちは何かを感じている。そして、部屋の中の状態もその思いを裏づけている。しかし、糸は何も言うつもりがないらしい。

下女たちは互いに顔を見合わせると、仕方がない、という表情を浮かべ、その場から下がっている。それを見送った糸は、ちろちろ揺れる行燈の灯を見ながら、何かを考えていた。


「弥平次……」


その口から漏れるのは、彼女が誰よりも恋しいと思っている相手。しかし、先ほどのことがある以上、彼への思いが実ることがないのだと、糸は不安に思ってしまう。

父親の思惑を知らされていない彼女でも、番頭の嘉兵衛が勝手にあのようなことをするとは思ってもいない。恐らく、父である清兵衛の息がかかっているに違いないと彼女は感じている。


「弥平次、どうすればいい?」


そっと、そう呟いた糸は、部屋の外を確かめるように見渡すと、ある場所へと向かっていた。


コン、コン――。


遠慮がちに叩かれる部屋の襖が開くと、すっかり驚いた顔の弥平次がそこには立っていた。


「お嬢さま……このような時間に、どうして……」


その彼に糸はすがりつきながら、訴えかける。


「お願い。このまま、私を連れて逃げて。このままだと、他の男と夫婦にさせられる」


そう言いながら泣く糸を、弥平次は抱きしめるしかできなかった。



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