「AFFAIR」
たとえ、これが恋だとしても・第Ⅰ部
突然の招待状 【5】
その声に、今度は浦野が慌てたように書類に目を向けている。ざっと目を通し終わった彼は、改めてタバコに火をつけると、亜紀の顔をみつめていた。
「ま、これで問題ないだろう。出願期間中だし、こっちで手配しとく。それはそうと、公立はどうする? そっちの方が経済的にも楽だろうし、仲間とも離れずにすむだろう?」
「ま、それはそうなんですけど……」
「受けないのか? たしか、佐藤と同じ学校に行きたいって教室で騒いでいたじゃないか」
「そんなこと、覚えてるんですか?」
「当たり前。俺は教師。生徒のことはちゃんとみてるの」
そう言いながら、浦野は亜紀の髪をクシャリとする。それに対して抗議の声を上げる彼女を無視するように、浦野は話し続けていた。
「本当にどうするんだ? 公立受けるなら、まだ間に合うぞ」
「そ、そうですよね……まだ、間に合います、よね……」
浦野の言葉に応える亜紀の表情がどこか強張っている。そのことに気がついた彼は、驚いたような表情を浮かべることしかできない。
「里見、どうかしたのか? 先生、何かおかしなことを言ったか?」
「いいえ、そんなことありません。ですよね。効率も受けていいんですよね」
先ほどまでの表情が嘘のように、今の彼女は落ち着いた様子を取り戻している。それを不思議に思いながら、浦野は言葉を続けている。
「何、寝ぼけたこと言ってるんだ。チャンスは多い方がいいに決まってるだろう。で、どうする?」
その言葉に、亜紀は何かを考えるような顔になっている。
先日、両親から柏陵を受けなければいけないと告げられた。その時は『受験に失敗して高校浪人する』と宣言したことは間違いない。
だが、落ち着いて考えればそこまで思い詰めることもないのではないだろうか。今の亜紀はそんなことも考えている。きっと、あの時はあまりにもいろいろなことを聞かされて、頭がおかしくなっていたんだ。
冷静にさえなっていれば、浦野が言うように公立校の受験だって選択肢にあったはず。だというのに、あの場では彼女も両親も白綾という選択肢しか考えることができなかったのだ。
それは、美鈴の親戚の影響力がそれだけ強いということだろう。だからこそ、その呪縛から離れている学校では別の道がみつけられる。そう思った亜紀は、浦野の声に大きく頷いていた。
「じゃあ、先生。公立は上洛高校でお願いします」
「お、決めていたのか。なら、里見は上洛ね。ということは、佐藤や大野と一緒か。あそこはちょい偏差値が高いけど、この前の学期末で頑張っていたからな。大丈夫だろう」
「ありがとうございます。じゃあ、また願書を出さないといけませんね」
「うん、そうだな。ま、公立はまだ時間があるから。私立の入試が終わってからでいいよ」
「わかりました。それでは、失礼します」
そういって職員室を後にした亜紀の表情は、どこか明るいものになっている。それだけ、志望校を決めるというのは重大なことなのだろう。
だが、それも一段落ついた。そのことから感じる開放感を胸に、彼女は教室へと足を運んでいる。
途中、何人もの友人たちとすれ違い、互いに明るい声で挨拶を交わす。そして、教室の扉を開けた彼女の目には、友人である由紀子の姿が飛び込んでいた。
彼女には受験する学校をちゃんと報告しないといけない。そんなことを思っている亜紀は、トコトコと友人のそばに近寄っていく。
「由紀子、お待たせ。それでね、私も上洛受けることにした」
亜紀のその声に由紀子の表情が一気に明るくなり、その勢いで由紀子がガバッと亜紀をハグする。そのあまりの力の強さにジタバタした亜紀は自由になろうと友人の腕をバシバシと叩いていた。
「ゆ、由紀子……苦しい……」
亜紀のどこか必死のアピールに気が付いたのだろう。ハグした時と同じように、由紀子はあっさりと解放してくる。もっとも、その表情には悪びれたというところがない。そのことに気が付いた亜紀は、思わず頬を膨らませていた。
「由紀子、死ぬかと思ったのよ。何考えてるのよ」
「その言葉、そっくり亜紀に返してあげる。いつまでたってもどこを受けるのか教えてくれないんだから。どうするのかってマジで心配してたのよ」
「そ、そうなんだ……ゴメン……」
由紀子の行動には文句を言いたくなる。だが、心配をかけたのも間違いないのだろう。なにしろ、あの日の朝、由紀子はメールで亜紀に志望校を連絡していたのだから。そのことを知っている亜紀はコクリと首を傾げながら謝罪の言葉を口にする。
「でもね。あの時はまだ悩んでたのよ。お父さんやお母さんにも話してなかったし」
そう告げる亜紀の目線は俗に言われる上目遣い。その姿に思わず顔を赤くした由紀子は、ちょっと視線をそらしながら、問いかけの言葉を口にする。
「そうなんだ。ま、わかったからいいけど。で、私立はどうするの? 当然、滑り止めは受けるんでしょう?」
「う、うん……」
由紀子の声に亜紀はまた言葉が詰まっている。彼女が受けると浦野に告げた白稜は私立であることは間違いない。
だが、あそこを滑り止めと言えるのだろうか。そんな思いが亜紀の中には浮かんでいる。だからだろう。亜紀からはなかなか返事をすることができない。そんな彼女に由紀子は早く白状しろと言うように、グイッと詰め寄ってくる。
「どうしたのよ。はっきりおっしゃい。公立は私から教えたんだから、今度はあんたからよ」
「わ、わかったわよ……白綾……受けるの……」
由紀子の勢いにタジタジとなったように亜紀がそう応えている。彼女のその言葉に由紀子は信じられないというような顔を向ける。
「あ、亜紀……白綾って、あの白綾よね? マジで? 嘘じゃないの?」
「嘘でも冗談でもないの。私だってこんなことになるなんて思ってなかったんだけどね」
「じゃあ、やめなさいよ。白綾ってお金持ちの学校じゃない。そりゃ、憧れるっていうところもあるけど、でも受験するっていう選択肢に入るとは思えないし」
由紀子の言葉はある意味でもっともなことだろう。実際、亜紀もそう思っている。だが、それが叶う望みではないことを知っているためか、彼女の顔色はいいものではない。
「由紀子の言いたいこと分かるわよ。私だって、納得いかないもの。でもね。いろいろと事情があって、ここを受けるしかないのよね」
「そうなんだ。ま、家の事情っていうのがあるって分かってるけどね。でも、まさか白綾……」
どこか呆然とした口調で由紀子がそう呟いている。彼女にすれば、亜紀が滑り止めで受ける私立も同じ学校のつもりでいたのだ。
「ま、これで問題ないだろう。出願期間中だし、こっちで手配しとく。それはそうと、公立はどうする? そっちの方が経済的にも楽だろうし、仲間とも離れずにすむだろう?」
「ま、それはそうなんですけど……」
「受けないのか? たしか、佐藤と同じ学校に行きたいって教室で騒いでいたじゃないか」
「そんなこと、覚えてるんですか?」
「当たり前。俺は教師。生徒のことはちゃんとみてるの」
そう言いながら、浦野は亜紀の髪をクシャリとする。それに対して抗議の声を上げる彼女を無視するように、浦野は話し続けていた。
「本当にどうするんだ? 公立受けるなら、まだ間に合うぞ」
「そ、そうですよね……まだ、間に合います、よね……」
浦野の言葉に応える亜紀の表情がどこか強張っている。そのことに気がついた彼は、驚いたような表情を浮かべることしかできない。
「里見、どうかしたのか? 先生、何かおかしなことを言ったか?」
「いいえ、そんなことありません。ですよね。効率も受けていいんですよね」
先ほどまでの表情が嘘のように、今の彼女は落ち着いた様子を取り戻している。それを不思議に思いながら、浦野は言葉を続けている。
「何、寝ぼけたこと言ってるんだ。チャンスは多い方がいいに決まってるだろう。で、どうする?」
その言葉に、亜紀は何かを考えるような顔になっている。
先日、両親から柏陵を受けなければいけないと告げられた。その時は『受験に失敗して高校浪人する』と宣言したことは間違いない。
だが、落ち着いて考えればそこまで思い詰めることもないのではないだろうか。今の亜紀はそんなことも考えている。きっと、あの時はあまりにもいろいろなことを聞かされて、頭がおかしくなっていたんだ。
冷静にさえなっていれば、浦野が言うように公立校の受験だって選択肢にあったはず。だというのに、あの場では彼女も両親も白綾という選択肢しか考えることができなかったのだ。
それは、美鈴の親戚の影響力がそれだけ強いということだろう。だからこそ、その呪縛から離れている学校では別の道がみつけられる。そう思った亜紀は、浦野の声に大きく頷いていた。
「じゃあ、先生。公立は上洛高校でお願いします」
「お、決めていたのか。なら、里見は上洛ね。ということは、佐藤や大野と一緒か。あそこはちょい偏差値が高いけど、この前の学期末で頑張っていたからな。大丈夫だろう」
「ありがとうございます。じゃあ、また願書を出さないといけませんね」
「うん、そうだな。ま、公立はまだ時間があるから。私立の入試が終わってからでいいよ」
「わかりました。それでは、失礼します」
そういって職員室を後にした亜紀の表情は、どこか明るいものになっている。それだけ、志望校を決めるというのは重大なことなのだろう。
だが、それも一段落ついた。そのことから感じる開放感を胸に、彼女は教室へと足を運んでいる。
途中、何人もの友人たちとすれ違い、互いに明るい声で挨拶を交わす。そして、教室の扉を開けた彼女の目には、友人である由紀子の姿が飛び込んでいた。
彼女には受験する学校をちゃんと報告しないといけない。そんなことを思っている亜紀は、トコトコと友人のそばに近寄っていく。
「由紀子、お待たせ。それでね、私も上洛受けることにした」
亜紀のその声に由紀子の表情が一気に明るくなり、その勢いで由紀子がガバッと亜紀をハグする。そのあまりの力の強さにジタバタした亜紀は自由になろうと友人の腕をバシバシと叩いていた。
「ゆ、由紀子……苦しい……」
亜紀のどこか必死のアピールに気が付いたのだろう。ハグした時と同じように、由紀子はあっさりと解放してくる。もっとも、その表情には悪びれたというところがない。そのことに気が付いた亜紀は、思わず頬を膨らませていた。
「由紀子、死ぬかと思ったのよ。何考えてるのよ」
「その言葉、そっくり亜紀に返してあげる。いつまでたってもどこを受けるのか教えてくれないんだから。どうするのかってマジで心配してたのよ」
「そ、そうなんだ……ゴメン……」
由紀子の行動には文句を言いたくなる。だが、心配をかけたのも間違いないのだろう。なにしろ、あの日の朝、由紀子はメールで亜紀に志望校を連絡していたのだから。そのことを知っている亜紀はコクリと首を傾げながら謝罪の言葉を口にする。
「でもね。あの時はまだ悩んでたのよ。お父さんやお母さんにも話してなかったし」
そう告げる亜紀の目線は俗に言われる上目遣い。その姿に思わず顔を赤くした由紀子は、ちょっと視線をそらしながら、問いかけの言葉を口にする。
「そうなんだ。ま、わかったからいいけど。で、私立はどうするの? 当然、滑り止めは受けるんでしょう?」
「う、うん……」
由紀子の声に亜紀はまた言葉が詰まっている。彼女が受けると浦野に告げた白稜は私立であることは間違いない。
だが、あそこを滑り止めと言えるのだろうか。そんな思いが亜紀の中には浮かんでいる。だからだろう。亜紀からはなかなか返事をすることができない。そんな彼女に由紀子は早く白状しろと言うように、グイッと詰め寄ってくる。
「どうしたのよ。はっきりおっしゃい。公立は私から教えたんだから、今度はあんたからよ」
「わ、わかったわよ……白綾……受けるの……」
由紀子の勢いにタジタジとなったように亜紀がそう応えている。彼女のその言葉に由紀子は信じられないというような顔を向ける。
「あ、亜紀……白綾って、あの白綾よね? マジで? 嘘じゃないの?」
「嘘でも冗談でもないの。私だってこんなことになるなんて思ってなかったんだけどね」
「じゃあ、やめなさいよ。白綾ってお金持ちの学校じゃない。そりゃ、憧れるっていうところもあるけど、でも受験するっていう選択肢に入るとは思えないし」
由紀子の言葉はある意味でもっともなことだろう。実際、亜紀もそう思っている。だが、それが叶う望みではないことを知っているためか、彼女の顔色はいいものではない。
「由紀子の言いたいこと分かるわよ。私だって、納得いかないもの。でもね。いろいろと事情があって、ここを受けるしかないのよね」
「そうなんだ。ま、家の事情っていうのがあるって分かってるけどね。でも、まさか白綾……」
どこか呆然とした口調で由紀子がそう呟いている。彼女にすれば、亜紀が滑り止めで受ける私立も同じ学校のつもりでいたのだ。
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