「AFFAIR」
たとえ、これが恋だとしても・第Ⅰ部
突然の招待状 【2】
「本当に……無駄に、金持ちなんだろうな……」
分かってはいた。だが、分かってはいても思わずそんな声が飛び出してしまう。とはいえ、中身はちゃんと確認しないといけない。そのことも分かっている彼は、ゆっくりと入っていた薄い紙を開く。
ちょっとでも変な力を入れると破れるのではないだろうか。そんなことを思わせる紙に打ち出されている文字。それを読んだ時、伸吾も夏実もすっかり言葉を失っていた。
「こ、これって……」
「あちらの気持ちは変わっていなかった、ということだな」
「でも、早すぎるわ。約束は、亜紀が16歳になった時よ」
「分かっている。でも、それだと学校はどうする? だから、連絡してきたんだろう」
「やっぱり、そうなのね……じゃあ、それには学校のことも書いてあるの?」
「あちらが指定する学校を受験するように、ということだ。今が高校の出願時期だということを思い出したんだろう。たしか、年末の懇談でどこにするか決めるように言われていたんだろう?」
伸吾の声に、夏実はコクリと頷いている。その脳裏に浮かんでいるのは、先ほどの明るい様子の娘。この調子では、彼女の希望は叶えられない。そんな色が夏実の顔には浮かんでいる。
「え、ええ……亜紀は由紀子ちゃんと同じ学校にしたいって。あの二人は本当に仲良しだものね。さっきも、そのことでメールのやり取りをしていたわ。始業式の日に先生に報告するって言ってたけど、それも無理になりそうね……」
亜紀は今、由紀子と一緒に遊びに言っている。それが受験直前の充電行為なのだということが分かっている夏実は、目くじらを立てようとは思っていない。
だが、友人と同じ高校を受験するのだとはしゃいでいた娘の希望を打ち砕かないといけない。そのことに罪悪感を覚えるのか、彼女の顔色はだんだんと悪くなっていく。
そして、その思いは伸吾も同じなのだろう。それでも、彼は彼女を励ますかのようにゆっくりと口を開いていく。
「亜紀には可哀想なことだと思う。でも、いつまでも今のままでいつこともできない。そのことも分かっているんだろう? それに、あの子もある程度のことは知っている。そして、なによりもあちらがその気になっているんだ。そうである以上、僕たちが抵抗して勝てると思うかい?」
伸吾の問いかけに夏実は返事をすることができない。いや、しなければいけないということは分かっている。だが、どのような言葉を口にすればいいのかが分からないのだ。
きっと、口を開けば今の状況に対する恨み事しかでてこない。そのことを自覚しているのか、彼女はギュッと口をつぐんでいる。そんな彼女に、伸吾は静かに声をかけていた。
「夏実、亜紀が帰ってきたら全てを話そう」
「どうして? どうして今なの? 今の亜紀は受験生よ。こんなこときいたら、落ちついて勉強なんでできないじゃない」
「でも、あちらは受験する学校まで指定してきているんだよ。僕たちはそれに逆らえない。だったら、亜紀にはちゃんと事情を話さないといけない」
「そうね……あなたの言いたいこと分かる……でも、なんだか、悔しいの……そのこともあなたなら分かってくれるでしょう?」
そう呟く夏実の背中を伸吾はポンポンと叩いている。口にこそしないが、彼女の言葉は彼の心を代弁している物。ではあっても、彼は心を鬼にしてでも亜紀に真実を伝えないといけないと思っている。
「僕も夏実と同じことを思っているよ。でも、こうなった以上、隠しておくことは亜紀のためじゃない。そのことは、分かるよね?」
「うん……でも、今じゃないといけないの?」
「今だからだよ。今はまだ冬休みだ。ショックを受けるのは間違いないだろうけど、亜紀の心の整理もつくんじゃないかな。それに、この出願書類も出さないといけない」
「それまで入っていたの? 本当に用意周到としか言えないわね」
伸吾が手にしている高校の出願書類を目にした夏実はため息をつくことしかできない。だが、これを目にしたことでようやく決心もついたのだろう。それまで俯いていた視線を上げた彼女は、伸吾の目をまっすぐにみつめている。
「あなたに任せるわ。でも、私も一緒にいるわよ。だって、私は亜紀の母親なんだもの」
「当然じゃないか。じゃあ、亜紀が帰ってきたらすぐにこの話をしよう」
伸吾の言葉に夏実はコクリと頷くだけ。やがて、夕日が傾く頃に帰って来た亜紀は、友人と思いっきり楽しんだことで頬を上気させている。そんな彼女に、伸吾がゆっくりと声をかけていた。
「亜紀、ちょっと大事な話があるんだ」
「お父さん、急にどうかしたの?」
突然の父親の言葉に、亜紀は首を傾げながら問いかけている。そんな彼女に、伸吾は腰かけるようにと促していた。それを見ていた夏実はその場を立つとコーヒーを淹れる準備を始めている。
やがて、コーヒーのいい香りがしてきたかと思うと目の前に並べられるカップ。それと一緒に聞こえる「冷めないうちに飲みなさい」という声に応えるように、伸吾も亜紀もカップに手を伸ばしていた。
「それはそうと、話って何なの? 晩御飯の後じゃいけなかったの?」
コーヒーを飲みながら、亜紀はそう訊ねている。なにしろ、このようなパターンは今までになかったのだ。そのせいか、彼女の顔にはどこか不安そうな色が浮かんでいる。そんな彼女を安心させるように、伸吾はニッコリと笑うと口を開いていた。
「うん。早い方がいいと思ったんだよ。それはそうと、亜紀は受験する高校を決めたのかな?」
「うん。今日、由紀子からメールがあったから。彼女、上洛(ジョウラク)高校にするって。だから、私もそこにするつもり。ちょっと偏差値は高いけど、頑張れる範囲だと思うし」
「そうなんだ。でもね、亜紀には悪いけど、それは無理なんだよ。亜紀には上洛じゃない学校を受けて欲しいんだ。というより、ここを受験しないといけないんだよ」
そう言いながら、伸吾は封筒の中に入っていた願書を亜紀の手元にやっている。それに目をやった彼女は、すっかり驚いた表情を浮かべていた。
「お父さん……これって、白綾学園(ハクリョウガクエン)の願書じゃない」
目の前にある願書がどこの学校のものかということに気がついた亜紀が驚いたような声を上げている。しかし、それも当然のことだろう。なにしろ、白綾学園はお金持ち学校として有名なのだから。
分かってはいた。だが、分かってはいても思わずそんな声が飛び出してしまう。とはいえ、中身はちゃんと確認しないといけない。そのことも分かっている彼は、ゆっくりと入っていた薄い紙を開く。
ちょっとでも変な力を入れると破れるのではないだろうか。そんなことを思わせる紙に打ち出されている文字。それを読んだ時、伸吾も夏実もすっかり言葉を失っていた。
「こ、これって……」
「あちらの気持ちは変わっていなかった、ということだな」
「でも、早すぎるわ。約束は、亜紀が16歳になった時よ」
「分かっている。でも、それだと学校はどうする? だから、連絡してきたんだろう」
「やっぱり、そうなのね……じゃあ、それには学校のことも書いてあるの?」
「あちらが指定する学校を受験するように、ということだ。今が高校の出願時期だということを思い出したんだろう。たしか、年末の懇談でどこにするか決めるように言われていたんだろう?」
伸吾の声に、夏実はコクリと頷いている。その脳裏に浮かんでいるのは、先ほどの明るい様子の娘。この調子では、彼女の希望は叶えられない。そんな色が夏実の顔には浮かんでいる。
「え、ええ……亜紀は由紀子ちゃんと同じ学校にしたいって。あの二人は本当に仲良しだものね。さっきも、そのことでメールのやり取りをしていたわ。始業式の日に先生に報告するって言ってたけど、それも無理になりそうね……」
亜紀は今、由紀子と一緒に遊びに言っている。それが受験直前の充電行為なのだということが分かっている夏実は、目くじらを立てようとは思っていない。
だが、友人と同じ高校を受験するのだとはしゃいでいた娘の希望を打ち砕かないといけない。そのことに罪悪感を覚えるのか、彼女の顔色はだんだんと悪くなっていく。
そして、その思いは伸吾も同じなのだろう。それでも、彼は彼女を励ますかのようにゆっくりと口を開いていく。
「亜紀には可哀想なことだと思う。でも、いつまでも今のままでいつこともできない。そのことも分かっているんだろう? それに、あの子もある程度のことは知っている。そして、なによりもあちらがその気になっているんだ。そうである以上、僕たちが抵抗して勝てると思うかい?」
伸吾の問いかけに夏実は返事をすることができない。いや、しなければいけないということは分かっている。だが、どのような言葉を口にすればいいのかが分からないのだ。
きっと、口を開けば今の状況に対する恨み事しかでてこない。そのことを自覚しているのか、彼女はギュッと口をつぐんでいる。そんな彼女に、伸吾は静かに声をかけていた。
「夏実、亜紀が帰ってきたら全てを話そう」
「どうして? どうして今なの? 今の亜紀は受験生よ。こんなこときいたら、落ちついて勉強なんでできないじゃない」
「でも、あちらは受験する学校まで指定してきているんだよ。僕たちはそれに逆らえない。だったら、亜紀にはちゃんと事情を話さないといけない」
「そうね……あなたの言いたいこと分かる……でも、なんだか、悔しいの……そのこともあなたなら分かってくれるでしょう?」
そう呟く夏実の背中を伸吾はポンポンと叩いている。口にこそしないが、彼女の言葉は彼の心を代弁している物。ではあっても、彼は心を鬼にしてでも亜紀に真実を伝えないといけないと思っている。
「僕も夏実と同じことを思っているよ。でも、こうなった以上、隠しておくことは亜紀のためじゃない。そのことは、分かるよね?」
「うん……でも、今じゃないといけないの?」
「今だからだよ。今はまだ冬休みだ。ショックを受けるのは間違いないだろうけど、亜紀の心の整理もつくんじゃないかな。それに、この出願書類も出さないといけない」
「それまで入っていたの? 本当に用意周到としか言えないわね」
伸吾が手にしている高校の出願書類を目にした夏実はため息をつくことしかできない。だが、これを目にしたことでようやく決心もついたのだろう。それまで俯いていた視線を上げた彼女は、伸吾の目をまっすぐにみつめている。
「あなたに任せるわ。でも、私も一緒にいるわよ。だって、私は亜紀の母親なんだもの」
「当然じゃないか。じゃあ、亜紀が帰ってきたらすぐにこの話をしよう」
伸吾の言葉に夏実はコクリと頷くだけ。やがて、夕日が傾く頃に帰って来た亜紀は、友人と思いっきり楽しんだことで頬を上気させている。そんな彼女に、伸吾がゆっくりと声をかけていた。
「亜紀、ちょっと大事な話があるんだ」
「お父さん、急にどうかしたの?」
突然の父親の言葉に、亜紀は首を傾げながら問いかけている。そんな彼女に、伸吾は腰かけるようにと促していた。それを見ていた夏実はその場を立つとコーヒーを淹れる準備を始めている。
やがて、コーヒーのいい香りがしてきたかと思うと目の前に並べられるカップ。それと一緒に聞こえる「冷めないうちに飲みなさい」という声に応えるように、伸吾も亜紀もカップに手を伸ばしていた。
「それはそうと、話って何なの? 晩御飯の後じゃいけなかったの?」
コーヒーを飲みながら、亜紀はそう訊ねている。なにしろ、このようなパターンは今までになかったのだ。そのせいか、彼女の顔にはどこか不安そうな色が浮かんでいる。そんな彼女を安心させるように、伸吾はニッコリと笑うと口を開いていた。
「うん。早い方がいいと思ったんだよ。それはそうと、亜紀は受験する高校を決めたのかな?」
「うん。今日、由紀子からメールがあったから。彼女、上洛(ジョウラク)高校にするって。だから、私もそこにするつもり。ちょっと偏差値は高いけど、頑張れる範囲だと思うし」
「そうなんだ。でもね、亜紀には悪いけど、それは無理なんだよ。亜紀には上洛じゃない学校を受けて欲しいんだ。というより、ここを受験しないといけないんだよ」
そう言いながら、伸吾は封筒の中に入っていた願書を亜紀の手元にやっている。それに目をやった彼女は、すっかり驚いた表情を浮かべていた。
「お父さん……これって、白綾学園(ハクリョウガクエン)の願書じゃない」
目の前にある願書がどこの学校のものかということに気がついた亜紀が驚いたような声を上げている。しかし、それも当然のことだろう。なにしろ、白綾学園はお金持ち学校として有名なのだから。
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