「FABLE」
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風と銀の輪 【1】

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サヤサヤと風が流れている。その風は木々を揺らし、水面を渡る。それはあくまでも自然の営み。しかし、それだけではないということをわかっている者たちがいることも間違いない。

普通の人々は自然の中の出来事と思っていても、それ以外の意味を感じる人々がいる。そして、小川の岸辺にボンヤリとした表情で座っているアリアンロッドもそんな、常人とは違う人々の一員だったのだ。

亜麻色の髪、青い瞳。それはどこにでもいる少女といえるものだろう。しかし、彼女のかたわらには少女が持つには相応しくないようなものがおかれている。あちこちが節ばった古い木で作られた杖。

こんなものは普通、少女が持つものではない。そして、彼女が着ているものは白っぽいローブのようなもの。それは、白魔導師が身につけるものに似ているような感じがしないでない。だが、それも当たり前といえるのだろう。アリアンロッドは有名な風使いの一族に連なる者でもあるのだった。

風の精霊というある意味で捕らえどころのない精霊を使役する一族。風は『癒し』という面を持つこともあるためか、この一族は白魔法を使うことのできる者が少なからずいることも知られている。その筆頭ともいえるのがアリアンロッドの父親であり、一族の長でもあるアリステアであるのだった。


「ホントにどうしてなんだろう」


水に映る自分の姿を眺めながら、アリアンロッドはポツリと呟いている。彼女にしてみれば、これ以上の問題はないということが発生しているといえるのだった。


「これ以上、進歩がないとなると父さんが辛抱しきれないかな? でも、あたしだって困っているのよね」


そう言うなり、彼女はバタリと倒れていた。仰向けに岸辺にころんだその目には、澄みきった青空がひろがっている。綿のような白い雲がフワフワと漂っているその景色は穏やかなものでしかない。しかし、アリアンロッドにとってはこの景色も目に入っているようで入っていないようだった。


「ホントにどうしようかな。このまま、放ったらかしにしておくわけにはいかないしな」


誰も聞いているわけではないが、自分に言い聞かせるように彼女は呟いている。もっとも、アリアンロッドの呟きを耳にした者がいたとしても、その意味を把握できるのは一族の者くらいだろう。そのことをわかっているから、彼女は安心したように自分の思いを呟いているのだった。


「アリアン、ここにいたんだ」


考えごとをしていたアリアンロッドの耳に、少女特有の明るい響きの声が聞こえてきている。その声の主が誰なのか。それをよく知っている彼女は、返事をしようともしていない。


「アリアン、聞こえないふりってあんまりないんじゃないの? いつまでも帰って来ないから、心配して捜しに来てあげたっていうのに」


そう言って、アリアンロッドの顔をのぞきこんでいる相手。彼女は自分の腰に手をあて、かがみ込むようにしてアリアンロッドをみている。その年の頃は同じくらいだろうか。そこまで言われては、さすがに無視することもできないのだろう。アリアンロッドは起き上がると、仕方がないというような感じでいるのだった。


「あたしは捜してちょうだいって、頼んだ覚えないんけど、ジェシカ」


ちょっと不機嫌そうなアリアンロッドの声。しかし、それを気にするところはジェシカにはないようだった。


「あら、そうだったかしら」


そう言うなり、ジェシカは楽しそうに笑いだしている。そんな彼女の様子にアリアンロッドの機嫌はますます悪くなっている。しかし、ジェシカはそんなことを気になどしていないとしかいえない表情を浮かべている。


「さっきからみてたんだけど、何、百面相なんてしてたのよ」

「百面相って……それよりも、いつからいたのよ!」


自分が悩んでいたところの姿をみられたのかとアリアンロッドは焦っている。そんな彼女の焦りなど意に介さないようにジェシカは笑っているのだった。


「そんなに焦ることないじゃない。このところ、あんたがここで百面相しているのは一族で知らない人っていないんだから」


そう言ったジェシカは、悪戯っぽい表情を浮かべながらアリアンロッドをみている。それに対して、アリアンロッドは膨れたような顔をして、こたえようとはしていない。


「でも、言えないわよね。一族の長でお城の魔導師の長でもある偉大な魔導師の娘がいまだに風の精霊を呼べないなんてね」


ジェシカのその声を耳にしたとたん、アリアンロッドはジェシカの額をコツンと小突いているのだった。


「いったーい。暴力反対」

「あんたの方が悪い」


アリアンロッドのその言葉に、ジェシカは半分涙目になってしまっているのだった。


「でもね。これは、あなたも気にしていることでしょう?」


アリアンロッドに小突かれた額に手をやりながら、ジェシカはそう言っている。


「わかっているなら言わないでよ」


ジェシカの言葉に反発するように、アリアンロッドはそう言っていた。まるで怒っているように膨らまされている頬。そして、それをみられないようにかプイッと横を向いてしまっている。

しかし、そんなアリアンロッドの様子をジェシカは気にする気配もないようだった。彼女は当然のようにアリアンロッドの隣りに座ると足をプラプラさせている。


「あんたが大変なのはわかるわよ。だって、あんたには一族の期待が思いっきりかかっているものね」


ジェシカのその声にアリアンロッドは返事をしようとしない。そして、そのことに肩をすくめながらジェシカは勝手に話し続けていた。


「伯父様の娘だ、ってだけでも一族は期待するのに、あんたは女神様の名前までいただいているものね」

「それもこれも、あたしが好きでそうなったわけじゃないわ。父さんの娘に生まれたのも、女神様の名前をいただいたのも、あたしにはどうしようもできないことじゃない」


ジェシカの言葉に反発するように、アリアンロッドはそう呟いている。


「でも、あんたも人のことは言えないじゃない」


思わずそう言ったアリアンロッドはまっすぐ、ジェシカの顔をみているのだった。

たしかに、自分は女神の名前を背負っている。そのことが重圧にならないといえば嘘になるだろう。しかし、そういう意味ではジェシカの方こそ居辛いはずだとアリアンロッドは思っていた。

ジェシカは自分の従姉にあたる。つまり、父親であるアリステアの弟の娘。そして、自分より一つ年上の彼女は何かにつけて頼れる姉のような存在だったのだ。

ただし、彼女は魔法が使えない。この事実は、一族からみればこれ以上の不細工なこともない。


「あたしはいいのよ。あたしが一族のはみ出しっ子なのは、父さんも母さんも知ってるもの」


あっさりとした調子で言い切っているジェシカ。それをきいたアリアンロッドは思わず反論しているのだった。


「だからって、諦めるのはおかしいじゃない。ジェシカがはみ出しっ子だって、誰が決めたのよ」

「あのね。この年になって、魔法も使えない、精霊を呼ぶどころか見ることもできない。それじゃ、はみ出しっ子っていわれるのが当然でしょう」

「そうかもしれないけど……」


ジェシカの言葉にアリアンロッドは寂しそうにしている。彼女の言うことはわかる。


『精霊を呼ぶことができない』


それはこの一族の一員としては、許されざる事態でもある。そのことを思い出したのだろう。アリアンロッドの表情はまた、暗いものになっていた。


「どうしたのよ、アリアン」


急に黙ってしまった従妹のことが気になったジェシカがそうたずねている。しかし、それに対して彼女はなかなか返事をすることができない。


「アリアン、どうしたっていうのよ」


ジェシカのちょっと苛ついたような声に、アリアンロッドはようやく我にかえったようだった。自分の顔を見て怒っている彼女をみると、思わず自嘲じみた言葉がその口をついてでていた。


「あたしもはみ出しっ子かな?」

「何を言ってるのよ」


アリアンロッドの言葉に驚いたようなジェシカ。そんな言葉も耳に入らないように、彼女は自分の思っていることを口にしているのだった。


「だって、あたしだって精霊を呼べないのよ」

「あんたとあたしは違うじゃない。あんたはまだ、精霊がみえるじゃない」


ジェシカのその言葉に、アリアンロッドはまた反論できなくなってしまっていた。たしかに、一族の中でジェシカのように呼ぶことはおろか、みることもできないという者は存在しない。

それは、そんな子供が生まれないというのではない。そんな子供は、一族から出されるのが慣例になっているからだ。

それにも関わらず、ジェシカが一族に残っていられるのは奇跡というべきこと。しかし、当の本人にすれば、自分の居場所がないという思いも感じているのだろう。


「精霊との契約もできないあたしがいるのをよく思ってない人がいるのはわかっているけどね。でも、あたしはここから出ていかない」

「ジェシカって強いんだ」


自分なら、間違いなく出ていく環境なのに出ていかないというジェシカの気概に、アリアンロッドは感心したような声をあげていた。そんな彼女の額をジェシカはコツンと小突いている。


「痛い! 何するのよ!」

「さっきのお返しよ」


そう言いながらコロコロ笑っているジェシカ。そんな彼女であっても、考えるところはあるのだろう。ポツリと口を開いているのだった。


「あたしだって、悩んだわよ。なんで、精霊をみることができないのかって」

「ジェシカ……」


どうこたえていいのかわからないアリアンロッドは、彼女の名前を呟くしかできない。


「でもね。伯父様とあんたがいるから、あたしはここにいるの」


ジェシカの言葉にアリアンロッドは目を丸くしていた。いや、一族の長である父親が持つ影響力はわかる。しかし、自分がいることにどういう意味があるのだろう。そんな不思議そうな表情が顔に浮かんでいる。一方、ジェシカはアリアンロッドの顔をみながら笑っていた。


「だって、みてみたいじゃない。次の長が風の王と契約するところ」

「ジェシカ!」


ジェシカの言葉にビックリしたようにアリアンロッドは叫んでいた。彼女の言葉では、自分が次の長になるのが決まっているようにも思える。しかし、自分がそんな大層なものにはなれないとアリアンロッドは思っているのだった。


「ジェシカ、次って言ったって、父さんはまだ現役よ」

「でも、伯父様は精霊との契約を解消したんでしょう。そうなったら、次の長が必要だわ」


ジェシカの言っていることは、ある意味で正論である。一族の長であるアリステアがその白魔法の力を認められ、王城の魔導師を統轄するようにと命じられたのはつい先日のこと。

それまで、一族の長として風の王との契約を結んでいた彼であるが、そのような立場になったことで、風の王との契約解消という事態が発生していたのだった。王城の魔導師はプライドが高い。彼らは風使いの長ではなく、魔導師の長という立場をアリステアに求めたのだった。

本来であれば、そのような無理難題は断るのが道理であるのだろうが、アリステアはそれを受け入れていた。それは、自分の後継としての力を十分に秘めていると思われる相手が身近にいたのが最大の理由。

彼の娘であるアリアンロッドはその潜在能力だけでいえば、父親を遥かに凌駕する。そのことを証明するのがその名前。運命の銀の輪を司る女神の名前をいただいているということは、彼女がその名に相応しいことを証明している。もっとも、女神の名を気安く呼ぶのははばかられると一族の者たちは彼女のことをアリアンという愛称で呼んでいるのだった。


「父さんは風の王との契約は解消したわよ。でも、一族の長には違いないわ」

「あんたが風の王と契約するまではね」

「だから、どうしてそれがあたしなの? あんたかもしれないじゃない」


自分が長になるのが当然といわんばかりのジェシカの様子に、アリアンロッドはすっかりふくれてしまっている。そんな彼女を慰めるような声で、ジェシカは話を続けていた。


「あんたの気持ちはわからないでもないわ」


アリアンロッドが、自分が次の長になるというのが決定事項のように言われることを嫌っているということをジェシカはよく知っている。しかし、いくら彼女が否定したところで、一族の次の長が彼女になるのは間違いがない。



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