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泡沫の虹

熱 【1】

 ←序 【2】 →熱 【2】
その日、嘉兵衛は弥平次を連れて、得意先回りに精を出していた。

先日より、住み込みの手代として置いている弥平次が思ったよりも役に立つ。そのことに、嘉兵衛は心の中で喜んでいた。なにしろ、気の利いた手代が集まらない、と嘆いていたのが彼なのだ。やってきた経緯に問題があるかもしれないが、嘉兵衛の眼鏡に適ったあたりでそれも気にされなくなっている。


「腐っても鯛、とはこのことかな?」


思わず、そんな言葉が口からついて出るが、それが弥平次の耳にまでは届いていない。そのことに安心したような息を吐きながら、嘉兵衛は弥平次に声をかけていた。


「弥平次、今日はこのあたりにしておきましょう」

「番頭さん、まだ時間はあるのではありませんか?」


扇屋の若旦那として生活していたころは、このようなことは退屈だと思っていたはず。だというのに、嘉兵衛の声に弥平次が頷こうとしない。そんな彼の姿を嘉兵衛は頼もしいと思っていた。


「ついこの間までは、おどおどしていたのにな。少しの間に、ずいぶんとしっかりしたものだ」


嘉兵衛の声に、弥平次は何も言おうとはしない。井筒屋にきた当初こそ、借りてきた猫のようだった弥平次だが、ここの水があったのだろう。最近では、のびのびとしているように見える。

その彼の肩を軽く叩いた嘉兵衛は、早く帰ろうというような態度を見せていた。だというのに、嘉兵衛の視線が、ふっと弥平次を通り過ぎている。そのことに、弥平次は首を傾げていた。


「番頭さん、どうかしましたか?」

「うん? いや、あそこにいるのは、お嬢さんじゃないかと思ってね」


その声に、弥平次も反射的に振り向いている。その彼の目に飛び込んできたのは、何かに悩んだような表情を浮かべている糸と下女の菊だった。


「番頭さん。どうかなさったんでしょうか?」


弥平次の問いかけに嘉兵衛が応えられるはずがない。それでも、糸をそのままにしておくことはできない。彼は荷物を弥平次に渡すと、糸の側に近寄っていた。


「お嬢さん、どうかなさいましたか?」

「嘉兵衛。いえ、大したことじゃないのよ」


そう言いながらも下を向いてしまう糸の様子から、何でもないはずがない、と嘉兵衛は思っている。そして、彼女の視線の先に目をやった彼は、納得したような表情を浮かべていた。


「このままでお店まで歩けると思っていらっしゃったんですか?」


穏やかな調子の声だが、叱責されていると感じたのだろう。糸は体をピクンとさせている。しかし、そんな彼女に嘉兵衛は片膝をつくと、優しく言葉をかける。


「あたしがお嬢さんのことを怒ると思ってらっしゃるんですか? そんなことをするはずがないでしょう。それよりも、ここに足を乗せてください。すぐに直して差し上げますから」

「でも……嘉兵衛……」


嘉兵衛が足を乗せろと言ったのは、彼の膝の上。いくらなんでも、そんなことをするわけにはいかないと顔を赤くする糸に、嘉兵衛は優しく声をかけ続ける。


「このままでは歩けないのですから、遠慮なさることはありません。さ、早く、ここに足を置いて。お菊ももうちょっとしっかりしなさい。お嬢さんのお付きの役目が泣きますよ」

「番頭さん、申し訳ありません。もっと、あたしがちゃんと確かめておけばよかったんです」


今にも泣き出しそうな菊の声を聞きながら、嘉兵衛は手ぬぐいを取り出している。それを器用に口で裂くと、彼は手早く糸のポックリの鼻緒を直していた。


「さ、これで大丈夫でしょう。どうですか?」


嘉兵衛のその声に、糸はコクリと頷いている。その彼女の様子を見た彼は、スッと手を差し伸ばす。その手につかまるように、彼女はゆっくりと歩き始めていた。



◇◆◇◆◇



「旦那さま、何を考えてらっしゃいます?」


馴染みの遊女である胡蝶(こちょう)がしなだれかかりながらそう言ってくるのに、嘉兵衛はふと我に返っていた。そんな彼の様子を胡蝶は楽しそうな顔で眺めると、スッと煙管を差し出す。


「旦那さま、一服いかがですか?」

「あ、ああ。貰おうか」


そう言いながら煙管を受け取る嘉兵衛の胸に、胡蝶は頭を預けている。そのまま、彼の胸板にゆっくりと手を伸ばした彼女は、甘えるような声で彼に囁きかけていた。


「それはそうと、お店に新しくきたお方。弥平次さんとかいいましたっけ。ずいぶんと目立つお方のようですわね」


胡蝶の口ぶりが何かを含んでいると感じた嘉兵衛は、何事かというような顔を彼女に向ける。そんな彼の様子を楽しむように、胡蝶は言葉を続けていた。


「いえ、うちの婢(はしため)たちが騒いでいるんですよ。それに、扇屋さんの若旦那といえば、ちょっとは名前の知られた方でしたよ」


そう言うと、胡蝶は嘉兵衛の反応を楽しむようにその顔を覗き込む。そんな彼女の様子に苦笑いを浮かべた嘉兵衛は、煙管を煙草盆に置いていた。


「あたしにそんなことを言って、どうするんだい。今の弥平次はよく働くいい男だよ。それに、若い頃は誰だって遊びたいもんだ。そうじゃないかい?」

「それはそうでございますね。だって、旦那さまもあちきとこんなことをなさいますからね」


そう言うと、胡蝶は楽しそうにコロコロと笑い出す。そんな彼女を腕に抱いた嘉兵衛は、別の相手のことを考えている。そのことを胡蝶はよく知っているが、それを口にしようとはしない。

彼女は自分が彼にとってどういう存在なのか、よく知っているからだ。だからこそ、彼女は嘉兵衛の耳にあることを囁きかける。


「旦那さま、用心なさいませ。このままだと、旦那さまのお望みは叶いませんわよ」


その声に、嘉兵衛は口をへの字に曲げ、煙管にまた手を伸ばす。そのまま、彼は不機嫌そうな声を胡蝶に投げかけていた。


「お前は、何の事を言っている? あたしの望みをお前は本当にわかっているのかい?」


嘉兵衛の問いかけに、胡蝶は当然という顔を浮かべている。その手はしっかりと彼の胸板をつかみ、その厚みを確かめるようにゆっくりと動かされる。


「ええ。あちきにはよくわかっておりましてよ。そして、それを邪魔するなんて無粋なことをするはずもございません」

「胡蝶、その言葉は本当のことかい?」


胡蝶の言葉を疑っているわけではない。それでも、嘉兵衛は思わずそう呟いている。そんな彼に、胡蝶はクスリと笑いかけるだけ。


「当り前じゃありませんか。あちきは、こうやって旦那さまがやってこられるのを待っているだけ。でも、それでいいんですよ。だから、旦那さまは思ったようになさってくださいな」


そう言うと、胡蝶は嘉兵衛にますます強くしなだれかかる。その勢いで彼女の白い足が着物の裾からこぼれ出す。それを見た嘉兵衛は、先日、鼻緒を直すために糸の足に触れたことを思い出していた。

彼女の足も胡蝶のそれと同じように白く、美しかった。それを考えた時、嘉兵衛は自分の中で首をもたげてくる感情を抑えることができないでいた。


「胡蝶、夜は長い。楽しませろ」

「はい、旦那さま」


嘉兵衛の声に、胡蝶は甘えるような声で応えている。そんな彼女の肩を嘉兵衛はしっかりと抱きよせ、その上に覆いかぶさっていた。



◇◆◇◆◇



「弥平次、頼んだからね」

「はい旦那さま。それでは、行って参ります」


清兵衛と弥平次の間で交わされるその声に、嘉兵衛は首を傾げていた。たしかに平次は主人の商売仲間の息子だが、今は井筒屋の手代でしかない。

そんな彼に、主人が頼みごとをする必要があるのだろうか。

そんな思いが嘉兵衛の中には生まれている。それを清兵衛は敏感に感じているのか、どこか楽しそうな表情で嘉兵衛をみつめていた。


「旦那さま、弥平次に何を頼まれたのですか?」


どうしても好奇心を押さえることのできなかった嘉兵衛は、そう訊ねることしかできない。そんな彼の姿に、清兵衛は笑いをこらえるのを必死になって、辛抱する。


「旦那様、どこがそんなにおかしいのですか」

「いや、お前がそんな風に訊ねてくるのが、珍しいと思っているからだよ。いつもなら、気にもしないことだろう」

「それは、たしかにそうかもしれませんが……」


清兵衛の言葉に、嘉兵衛の返事はどこか歯切れが悪い。彼にしても、清兵衛が声をかけていたのが弥平次以外なら、こんなに気にはしていない。しかし、清兵衛が声をかけていたのは彼なのだ。

馴染みの遊女である胡蝶に囁きかけられたこともあるが、彼自身、弥平次に微かな対抗意識を持っている。それは、彼が勘当状態とはいえ、井筒屋と同じくらいの大店の若旦那だったからだ。

ひょっとすると、糸を盗られるのかもしれない。そんな思いが生まれ始めているが、今の彼はそれを無視している。あくまでも穏やかな番頭という表情を崩さずに、主人の相手をしていた。


「それよりも、お嬢さんのお迎えにまいりましょうか」


ふっと話の向きを変えるように、嘉兵衛はそう呟いている。普段では考えられることではないが、今の糸は一人で外にいる状態。そして、外が急に暗くなっている。この調子では雨になるだろう。

そうなる前に、糸を迎えに行った方がいいのではないか。



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