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泡沫の虹

序 【2】

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「扇屋がそうしてくれと言っているのだ。心配することはない。それよりも、儂としてはお前から別の話の返事がいつもらえるのかと思っているのだがな」


思わせぶりな清兵衛の声に、嘉兵衛は顔色一つ変えようとはしない。彼は何事もない様子で、清兵衛の顔をみつめていた。


「旦那さまがおっしゃっておられることはわかっております。しかし、あたしなどでは畏れ多いというものです」

「どうしてだ。儂にすれば、お前と糸が一緒になって店を盛りたててくれる。これが今、一番の望みでもあるのだぞ。それとも、お前は糸では不足だと言いたいのか?」

「滅相もございません。その逆でございます。あたしのような年寄りをお嬢さんが相手になさるとは思えませんので」


そう言うと、嘉兵衛は清兵衛の前から下がろうとする。しかし、清兵衛はそうさせまいと彼の袖をグイッとつかむと自分の方へと引き寄せている。


「まったく……そういうところが、お前のいいところでもあるのだろうがな。しかし、お前は年寄りというほどではないだろう。たしかに、糸からみればそうかもしれん。だが、あいつもこの店の跡取りだ。半端な男ではダメなこともわかっているはずだ。その点、お前は仕事も熱心だし、店のこともよく知っている。それに、糸のことを少しは好いておるんだろう?」

「そ、それこそ、滅相もないことです。あたしのような者がお嬢さんに懸想(けそう)するなど、考えるだけで罰が当たるというものです。仕事が残ってますので、あたしはこのあたりで失礼いたします」


そう言うと、嘉兵衛は清兵衛の手を振りほどくようにして、その場を離れている。そんな彼の後姿に、清兵衛は「お固いヤツだ」というようにため息をつくが、嘉兵衛はそんな主人の顔を物陰からにんまりとした顔で盗み見ている。

彼にとって、この店の跡取り娘である糸は喉から手が出るほどに欲しい相手。先日、主人である清兵衛から『糸の婿に』という話を持ちかけられた時、心の中では喝采をあげたのだ。

しかし、この場はそのような顔をせず、主人を焦らした方が得策だと彼は考えている。このような話に簡単に乗ってしまえば、そこまでの相手だと足下を見られると思っているのだ。

せっかく、井筒屋という大店の婿に入れるのだ。ここはできるだけ自分を高く売った方がいいに決まっている。そして、できることならば、『婿に入らせてください』と自分が頭を下げるのではなく『婿に来てくれ』と頭を下げさせたいという欲望もある。

そうするには、どうしたらいいか彼はよく分かっている。お店の娘である糸を、自分に惚れ込ませればいいのだ。今は『婿に入れ』と言っている清兵衛も、娘が自分にぞっこんになれば、『入ってきてくれ』と言うに決まっている。

そして、彼には糸を骨抜きにしてしまう自信がある。たしかに、年は糸よりもはるかに上。しかし、物腰の柔らかく穏やかな性格と若い頃はかなりの好男子だったと思わせる整った容姿。年のわりには腹回りの肉は少なく、まだまだ姿がいいと人には言われている。

自分は間違いなく、糸を落とすことができる。まだおぼこ娘である彼女を自分の好きにすることができる日も近い。そう考えている嘉兵衛の顔は、誰もみていない陰ではすっかり緩んでしまっているのだった。



◇◆◇◆◇



「お嬢さま、早く帰らないと雨になりそうです」

「お菊、そんなにせかさないで。まだ、大丈夫じゃないの」


コロコロとコッポリの音をさせ、通りを歩いているのは人目を引く美少女。見事な染めの友禅の長い袂に、桃割れの髪を飾る花簪が揺れている。その白いうりざね顔と赤いおちょぼ口は誰がみても魅力的だと思うのだろう。彼女の声が聞こえた途端、人々の視線が一斉にそちらに向けられる。

しかし、当の本人はそんなことには気が付いていない。彼女の前を小走りでいく女の後を小股でちょこちょことついていっている。豪華な帯が華やかに背を彩り、袂が風にふわりと揺れる。

この小町娘は井筒屋の娘である糸。間もなく16になろうとする彼女は、お茶の師匠の家から店へと帰る途中だった。そして、大店(おおだな)の娘である彼女が外出する機会などほとんどない。彼女はあたりの景色を楽しむように歩いていた。


「お嬢さま、雨にあったらどうするんですか」


糸がすぐ後ろをついてきていないことに、菊の苛立ったような声がする。菊にとって、糸はお店(おたな)のお嬢様なのだから、このような口のきき方が許されるはずがない。だが、糸がおっとりとした性格のためか、そのことを気にもしていない。彼女にとって、菊は下女ではなく気のおけない女友だち、という感覚なのだった。


「お菊、そんなに早く歩けないわ。私の着物はお前のものほど動きやすくないんだから」


その声に、菊は焦ったような表情を浮かべている。たしかに、糸の着ている着物はため息をつくくらいに豪華な物。そして、せかしすぎたために彼女が転んだりするのもいけない、と思ったのだろう。菊はちょこちょこと糸の元へと駆け寄っている。


「お嬢さま、無茶を申してすみませんでした。ちょっとでも早く、お店に帰らないといけないと思ったので……」

「お菊の気持ちは分かっているわ。お前はこの天気だから、私が濡れてはいけないと思ってくれたのよね。でも、大丈夫よ。まだ、雨が落ちてくる気配はないんだもの」


そう言って空を見上げる糸だが、一緒にいる菊は、その空が今にも泣き出しそうだと思っている。今のままだと、二人とも濡れてしまうのではないか、と思った彼女は糸の袂を軽く引っ張る。


「お嬢様のおっしゃりたいことはわかります。でも、早く戻りませんと。遅くなりますと、旦那さまが心配なさいますから」


菊のその言葉に、糸は大きく頷いている。父親である清兵衛は彼女のことを目に入れても痛くないほど可愛がっている。そのため、少しでも外出先から帰るのが遅れれば、大騒ぎをして店の者に彼女を捜させる。そのことが使用人たちに負担をかけているのではないかと心配している糸は、菊の言葉を素直に聞くべきだと思っていた。


「わかったわ。でも、おとっつぁんもあんなに心配しなくてもいいのにね。おかげで、ゆっくりと外を歩くこともできやしない」


そう呟いた糸が歩き始めようとする。だが、今度は菊が通りの一角をみつめていた。


「お菊、どうかしたの? 早く、帰らないといけないのでしょう?」

「あ……は、はい……」


糸の問いかけに、菊は放心したような調子で返事をする。それを不思議に思った糸は、彼女が見ている方向に視線を走らせていた。


「あら、どうかなさったのかしら」


菊の視線の先では、若い男が立っている。その見目が錦絵に描かれる役者のようだ、と思った糸の顔が思わず赤らんでいた。


「お嬢さま、どうかなさったんですか?」


糸の顔を覗き込みながら、菊が問いかける。それに対して、糸は相手の頬をつついていた。


「別に……それよりも、あの人、何かを探しているようね。お菊、ちょっと訊ねていらっしゃい」


その声に、菊は肝を潰したような表情になっていた。もっとも、相手が見とれるほどの二枚目のためか、素直に頷いている。そして、相手に近寄って行った菊が、彼と一緒にやってくるのを見た糸は目を丸くしていた。


「お嬢さま。この人、お店を探していたんです」


その声に、糸は首を傾げるだけ。そんな彼女に、菊は急いで説明をしていた。


「この人、旦那さまの知り合いの息子さんで弥平次さんっていうんですって。で、うちの店に修行に来られたとか。ところが、初めてのところなもので、すっかり道に迷われていたんです」

「まあ、それは大変でしたこと。私たちも今から帰るところですの。ご一緒いたしましょうか」


今まで、父親や番頭以外の男と親しく口をきいたことなどない。だというのに、この相手にはなぜか自然にそんな言葉が出る。そのことに、糸は顔を赤くしながらも、相手の返事を待っていた。

しかし、なかなかそれがない。そのことに、糸は余計なことをしたのではないか、とますます顔を赤くしてしまう。そんな時、ようやく相手がゆっくりとした調子で声をかけてきた。


「井筒屋さんのお嬢さんですか。このようなところでお目にかかれるとは、思ってもいませんでした。わたしは、扇屋の息子、弥平次と申します。故あって、そちらでお世話になるようにと父よりいいつかりました。これから、よろしくお願いいたします」


そう言うなり、弥平次と名乗った男は深々と頭を下げる。通りの真ん中でそのようなことをされることは、人目があって気恥かしい。そう感じた糸は、言葉につまってしまっていた。


「あ……こ、こちらこそ」


弥平次と名乗った男の声に、糸はこれ以上ないくらいに顔が火照ってくるのを感じている。その中で、彼女は自分が名前を告げていないことを思い出していた。


「あ、こちらこそ、名前も名乗らずに失礼いたしました。私、井筒屋清兵衛の娘、糸と申します。これは私の下女の菊。それでは、お店の方にご案内いたしますね」


そう言うと、糸は袂を持ち直すとゆっくりと歩き始める。そのすんなりとした後ろ姿は、まるで風になびく百合の花のよう。

その彼女の姿に見とれたようになった弥平次だが、ここでおいていかれては大事になる。そう思ったのか、慌てて彼女の後から井筒屋へと足を向けていた。


「お嬢さま、のんびりしないでくださいよ。雨に濡れたら、お召し物を乾かすのが大変なんですから。弥平次さんも早く、早く。今にも降ってきそうですよ」


二人を急かす菊の声が、通りを微かに流れていく。その声にかぶさるように、雨がポツリ、ポツリと落ち始めていた。




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