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泡沫の虹

序 【1】

 →序 【2】
扇屋徳次郎は持っていた煙管(キセル)を煙草盆でポンと叩くと、これ以上はないというしかめ面を浮かべていた。


「旦那さま、どうなさいましたか?」


店の主人が不機嫌な顔をしていると客の足が遠のく、と考える番頭の彦太郎が徳次郎に声をかける。だが、徳次郎の表情が晴れる気配はない。

しかし、そのような姿を店先では見せないのが徳次郎の信念であるはず。だというのにこのような姿をさらしている。彼がそうなってしまう理由に思い当たった彦太郎は声をかけたことを忘れたふりをして、その場から逃げようとしていた。それを引き留めるかのように、徳次郎の鋭い声が投げかけられる。


「彦太郎、あの馬鹿は帰ってきているか?」


苦虫を潰したような声と同時に、また煙草盆がポンと叩かれる。そのはずみで盆の中から灰が飛び散るが、徳次郎がそのことを気にする様子もない。普段からは考えられない主人の様子に、彦太郎は首を縮めて恐る恐る返事をするしかできなかった。


「馬鹿、と申されますと?」


徳次郎のいっている馬鹿が誰か、ということは扇屋では知らぬ者がない。それでも、あえて名前を出すつもりがないという彦太郎の思いを感じているのか、徳次郎の表情はますます険しいものになっていく。


「お前もよく分かっているはずだぞ。あの弥平次の馬鹿だ。今日はいつになったら、店に顔を出すと言っていた?」


ここが店先だということを忘れたように、徳次郎は大声を出す。その声が店の外にまで響いたのか、興味深そうに店の中をのぞく人影もある。そのことに気がついた彦太郎は、慌てたように店の入り口から主人を隠すように立ち直していた。


「旦那さま、落ち着いてください。扇屋の主人が店先で大声を出していた、と噂になったらどうなさるのですか。ほら、あのように物見高く中をのぞこうとする者もおりますから」


彦太郎のその声に、徳次郎もようやく気持ちをおさめたようだった。たしかに、まだ憮然とした表情は残っているが、なんとかして声を抑えようと努力もしている。そんな主人に、彦太郎はしみじみとした調子で声をかけていた。


「たしかに、旦那さまのお気持ちが分からないではありません。本来でしたら、弥平次さまが旦那さまの跡取りとして、しっかりとなさらないといけないのですから。それだというのに……」


彦太郎の声は話の途中で止まっている。その姿に、徳次郎は構わんというような表情を浮かべると自分から話の続きを始めていた。


「遠慮することはない。あいつの女遊びは今に始まったことではないからな。で、今回はどこの遊女にいれあげているんだ」


その声に、彦太郎はどう返事をすればいいのかわからない。ここで肯定してしまうと、扇屋の跡取りがどうしようもない穀つぶしだということを認めてしまう。しかし、女遊びが目立つ彼の行状をかばいきれないというのも事実。

こうなったら、この場はどちらともとれないようにするしかない。そう思った彦太郎が口を開きかけた時、店の外から軽い草履(ぞうり)の音がきこえてきた。


「おや、彦太郎。何を突っ立っているんだい? おとっつぁんも毎日、精が出られて本当によろしいことで」


そう言いながら、鬢(びん)を軽く撫でつける手の袂をもう片方で押さえつつ入ってきた若い男がいる。その整った顔立ちは、あたりの雰囲気を一気に華やいだものにしていた。

切れ長の一重の目、軽く持ち上げられた口角。すっと流し眼をするならば、あたりの女たちが雪崩をうって転がるだろう。しかし、その場にいる徳次郎や彦太郎に効き目はない。むしろ、疳の虫がきつくなったような表情になっている。


「お前にそう言われると、逆に気分が悪くなるわい」

「おとっつぁん。そんなことを言われる覚えがわたしにはないんですが」

「自分の胸に手を当てろ。この道楽息子が」


徳次郎が吐き捨てるようにいう言葉に、若い男は心外だというような色を浮かべるだけ。その彼に、彦太郎が呆れたような顔で声をかけていた。


「それはそうと、弥平次さま。今日はどちらの湯屋においでになっていたのですか?」


その言葉に、弥平次と呼ばれた相手は軽く鼻を鳴らす。その顔には、こんな日の高い時刻から湯屋になど行くはずがないだろう、とかいてある。もっとも、そんな彼の表情もこの二人にはまるで効果がない。


「まったく、少しは扇屋の跡取りだという自覚をもたんか。あちこちの湯屋で女相手に浮名を流すばかりでは、安心して身代を任せられんわい」

「おとっつぁん、それは言いすぎですよ」


徳次郎の声に、弥平次は思わず口を尖らせている。この扇屋の跡取り息子である弥平次、水も滴る優男。そこへもってきて、扇屋というのが巷でも有名な大店ときている。そうなれば、そこらの女どもがほっておくわけがない。そして、金も時間も十分にある彼が遊びに夢中になるのは当然のことともいえるだろう。

いつの間にか、『扇屋の弥平次』といえば、色街で知らぬ者がないくらいの有名人になっていた。しかし、そんなことを父親である扇屋徳次郎が快く思うはずもない。彼はこの日、一つの決心をして息子である弥平次と向き合うことにしていた。


「弥平次、実は話がある」

「なんでしょうか。おとっつぁん」


父親の気持ちが分からないのか、弥平次はどこか軽い調子で返事をする。その声に徳次郎は大きくため息をつきながら、あることを告げていた。


「毎日、毎日、お前のことが噂になっていると思うだけで身が細る。これは、店の体面にも瑕がつくことだ。だから、儂はこれ以上お前の浮名を聞きたいとは思っておらん。そして、お前も世間というものを知る必要があるだろう」

「おとっつぁん、何を言うんですか?」


徳次郎の言いたいことが弥平次にはわからない。小首を傾げながら問いかける彼に、徳次郎は冷たく言葉を吐き捨てる。


「知り合いの店で人を探しているところがある。荷物をまとめて、明日にはそこへ行け。二度と、この店と儂の前に姿を見せるな」


それだけ言うと、徳次郎はさっさとその場を立ち、店の奥へと姿を消す。そんな父親の後姿を茫然と見送ることしか弥平次にはできなかった。


「お、おとっつぁん……」


徳次郎の言葉を信じることができずに突っ立っている弥平次の肩を彦太郎はポンポンと叩くだけ。もっとも、彼にしても主人の決定がもっともな部分もあると思っているため、慰める言葉がでるはずもない。

これは、父親と番頭から見捨てられたということに他ならない。そのことを実感した弥平次は、これからのことを考えただけで目の前が真っ暗になっていく思いがしていた。



◇◆◇◆◇



「旦那さま、口入れ屋から来た者がおりますが、いかがいたしましょう」


井筒屋という店の名を染め抜いた暖簾(のれん)が風に揺れている。その暖簾の陰から聞こえてきた問いかけの声は柔らかく耳に心地よい。それに対して、大店の旦那然とした声が応えていた。


「お前に任せるよ、嘉兵衛(かへい)。お前の眼鏡に叶った者なら間違いはないだろう。儂が横から口を出すことではないと思っているよ」


その声に、嘉兵衛と呼ばれた相手は、恐縮したように頭を下げる。この井筒屋の番頭である彼は、主人である清兵衛(せいべい)の期待に応えることこそが役目だ、と思っている。である以上、店のことを一番に考えるのは当然だ、というような表情を彼は浮かべていた。


「旦那さまがそうおっしゃるのでしたら、あたしの方で手配しておきます。しかし、この頃は口入れ屋もなかなかこれという者をまわしてこないのですが」

「そのように愚痴をこぼすな。要は、お前の目が厳しすぎるのではないのか? もう少し、柔らかくするのもいいとは思うがな」


そう言うと、清兵衛は持っていた煙管に煙草を詰め直す。煙管をのんびりとくゆらせた彼は、何かを思い出したように口を開いていた。


「それはそうと、おまえは扇屋を知っていたな」


清兵衛の声に、嘉兵衛はおもむろに頷いている。そんな番頭を見ながら、清兵衛はのんびりとした口調で言葉を続けていた。


「実はその扇屋。息子の弥平次が女遊びをしすぎるのに堪忍袋の緒を切らしてな。儂の店で手代として雇ってくれないかといってきおった。儂にすれば異存はないが、お前に相談せずに決めたのでな。今さらだが、お前の意見も聞かせてくれないか」


そう言われた嘉兵衛は苦笑を洩らすしかできない。今、清兵衛が口にした扇屋とは長い間の付き合い。店を構える土地が互いに離れているためか、いい商売相手ということがいえる。

そこの主人からの言葉なのだ。少々というよりかなりの難がある相手であっても、断れるはずがない。そんな色を顔に浮かべた嘉兵衛は神妙な顔で清兵衛の声に応えていた。


「旦那さまがお決めになられたことを、使用人であるあたしが反対するはずがございません。それでは早速、準備をさせていただきます。しかし、弥平次さんといえば若旦那。そんな方を手代として扱ってもよろしいのですか?」


嘉兵衛の疑問はもっともなことだろう。それに対して、清兵衛は気にすることはない、というように煙管をポンと叩いている。



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